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マリーエン広場のクリスマス市

12月22日(水)

S 氏が、休暇を利用して、ミュンヘンを訪ねてくれた。

数年前にテュービンゲンに留学されていた S 氏は、ミュンヘン大学を見学したいとおっしゃる。「白バラ」の記念室を中心に、本館を案内。

私もそうだが、S 氏も、どこか名所を見学したいというタイプではなく、町を歩きまわりたいほう。なので、オデオンスプラッツからピナコテークのほうにいこうと思っていたら、妻が、「マリーエン広場 Marienplatz のクリスマス市はどうだろう」という。クリスマス市は、とにかく混雑しているので、ここ2週間ほど避けている場所。いきたくなかったが、S 氏まで「せひ見たい」とのたまうから、やむなくマーリエン広場に案内。
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この日も、新市庁舎まえに開かれたクリスマス市は、にぎわっていた。飛びかう言葉を聞いていると、イタリア語、英語、米語、中国語、それに日本語。どうやら、観光客のほうが多いみたい。
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しかし、覚悟をきめてきてみると、クリスマス市というのは、いろんなものを売っていて、面白い(笑。グリューヴァイン Gluehwein を飲みながら、広場を歩き回るのも、けっこう楽しかった。

夜は、 S 氏がソーセージを食べたいとおっしゃるので、聖母教会 Frauenkirche ちかくにある、ニュルンベルガー・ソーセージの美味しいお店へ。ソーセージとビールでお腹いっぱい。
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by kalos1974 | 2004-12-22 22:55 | 日記

冬のミュンヘン

12月20日(月)

ふだんはカメラをもち歩かないのだけれど、いつもお世話になっている T 氏から、「ミュンヘンの写真をおくってほしい」というメールがとどいたので、この日は、朝の演習のまえに、大学周辺の風景を撮ってみた。
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ミュンヘンの寒さはきびしい。8時の気温は氷点下6度。昨日の夕方からまた雪が舞ったので、街は真っ白。ルートヴィヒ通り Ludwigstrasse の凱旋門 Siegestor も凍っている。
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真っ白な街と空の青さが印象的だった。
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by kalos1974 | 2004-12-20 02:09 | 日記

ベルリン 3 (2004年12月17日~19日)

12月19日(日)

朝食後、とりあえずベルリン大聖堂 Berliner Dom を見ようと思って、ホテルを出る。途中、ジャンダメンマルクトに寄ると、ここでもクリスマス市が開かれていた。時間もないし、どうしようか迷ったけれど、せっかくなので、なかへ。いろいろな品物を冷やかし、Gruehwein(赤ワインに砂糖や各種香辛料を入れて温めたもの)を飲む。今日は曇天で、気温は零度前後、冷えた身体にはうれしい。
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ベルリン大聖堂は、18世紀なかばから建設のはじまったバロックの教会堂(完成は1905年、空襲で破壊され、1993年に修復完了)。なかに入ると、室内楽団がリハーサルをしていた。今夜コンサートがあるのだろうか。それにしても大きな建物。高さ114メートル。息を切らせながらドームのうえまであがる。頑張ってよかったと思わせる眺め。街が一望できた。地下はホーエンツォレンルン家の墓所となっており、約100名の王族がねむっている。

ミュンヘンにかえる飛行機は16時15分発。ふつうなら、1時間前に着けばいいと思うところだが、一昨日の件もある。14時半には空港にいた。羹に懲りて膾を吹く。

しかし、である。ミュンヘンは吹雪で、空港が閉鎖されているらしい。「お昼の便はまだ飛んでいないし、どうなるかわからない」といわれた。おいおい。今回はまったくついてないなあ。いまさら街にもどるのもなんだし、とりあえず、空港内のレストランで時間をつぶす。欠航も覚悟したが、4時間おくれで出発。ミュンヘンに着いたら、10センチくらい雪が積もっていた。気温は氷点下5度。星が凍てつくように輝いていた。
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by kalos1974 | 2004-12-19 06:02 | 旅行

ベルリン 2 (2004年12月17日~19日)

12月18日(土)

ホテル近くのカフェで朝食。窓からながめる風景が、妙に、新宿駅南口、三越の裏あたりに似ている。昨日のソニー・センターは、恵比寿ガーデン・プレイスを連想させたし、世界都市って、どことなく、似通ってくるものらしい。

カフェでゆっくりしたあと、ユダヤ博物館 Judisches Museum へ。数年前、リーベスキントの設計した建物が話題を呼んだので、訪ねてみたかった。地下鉄の駅から適当にあるいていたら、金属で覆われたいびつな外観が、目に飛び込んできた。入口で、X線検査と金属探知機の関門。空港と同じだ。
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館内の通路は微妙に傾いていて、居心地がわるい。違和感と不安を感じさせられる。「ホロコースト・タワー」と呼ばれる、コンクリートで囲まれた棟のなかに入ってみる。ほとんど真っ暗ななかに、遮断された外界の音が響く。いうまでもなく、建物自体が、ユダヤ人の歴史を象徴しており、ホロコーストに思いをはせるようにつくられている。
上の階には、ドイツに暮らしたユダヤ人の生活が紹介されていた。メンデルスゾーン一族の資料や、ハンナ・アーレントの画像などが興味深かった。2時間もあれば全部観られると思っていたが、結局、4時間くらいいただろうか。

ホテルにもどって荷物をうけとり、別のホテル(Westin Grand Berlin)へ。往年の映画《グランド・ホテル》を思わせる建物、というか、あの映画の舞台はたしかベルリンだったし、ひょっとすると、ここが舞台だったのかもしれない。確かめておけばよかった。
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休憩しているうちに日が暮れてきたので、ウンター・デン・リンデンを、ブランデンブルク門まで散歩。ベルリンはクマの町、通りのあちこちにクマの像がおいてあった。
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夜はバイエルン風のクナイペで(笑、じゃがいものスープとビーフ・シチュー。例によって、グラス1杯のビールで真っ赤になった。
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by kalos1974 | 2004-12-18 05:41 | 旅行

ベルリン 1 (2004年12月17日~19日)

12月17日(金)

ミュンヘン発11時05分のルフトハンザ218便でベルリンに向かう。

はずだった。しかし、空港の手前で S-Bahn が緊急停車。30分ほど経ってやっと動き出したけど、チェック・インはすでに終了・・・。腹が立ったので、カウンターで抗議。でも、「そういう事態にそなえて行動している人もいますから」といわれては仕方がない。追加料金をはらって、つぎの便にふりかえてもらった。で、13時30分発、ベルリンに到着したのは14時25分。「もうすぐ日も暮れるし、どうしようもないなあ」という気分。

テーゲル空港からバスで市内へ。とりあえず、コンサート会場の近くのホテル(Grand Hyatt Berlin)にチェック・イン。あちこち見てまわる時間はないし、ソニー・センターのクリスマス市(写真1)を一周。ポツダム広場 Potzdamerplatz 周辺はずいぶん近代的になっていて、まるで新宿駅南口にでもいるみたいだった。カフェで、野菜のカレーを食べて(妻は、チキン・カレー)、ホテルにもどり、シャワーと着替え。
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20時から、ベルリン・フィルの演奏会。今日は「フルトヴェングラー没後50年記念コンサート」。指揮とピアノはバレンボイム。幼いころ、フルトヴェングラーの薫陶をうけた人。ジャクリーヌ・デュ・プレの元夫といったほうが分かりやすいか。

曲目は、モーツァルトの《ピアノ協奏曲第25番》とフルトヴェングラーの《交響曲第2番》。

ベルリン・フィルはやはり巧い。だが、響きが透明すぎるかも。よくいえば、普遍的な音なのだろうけど、惹きつけられるような個性を感じなかった。それに、巧さが目立ちすぎる。素直にモーツァルトに入っていけなかった。バレンボイムは、詩情に充ちたモーツァルトをめざしていたように思うが、全体として、妙に冷たい演奏になってしまった。

後半のフルトヴェングラーは、80分をこえる大作で、私はフルトヴェングラーの演奏は大好きというか、数々の録音には畏敬を覚えているのだけれども、正直いって、「もういい、勘弁してくれ」と思ったくらい(苦笑)。なんというか、「ブルックナーとブラームスの影響をうけた北欧の作曲家のつくった冗長な曲」という感じで、ところどころ光がふりそそぐような場面もあるのだが、いかんせん長い。聴きなれていないせいか、とにかく長く感じた。
それはともかく、あれだけの大曲を書ける作曲家だったところ(というか、フルトヴェングラー本人は自分を作曲家だと考えていたわけで)に、指揮者フルトヴェングラーを解明するヒントがあるのかもしれない。
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ロビーでは、「フルトヴェングラー展」が開かれていた。手紙、身分証明書、数々の勲章、めずらしい写真(「これは見たことない」というものが何葉かありました)、それにデスマスクなど。演奏会がおわって30分経っても、たくさんの人が、展示品に見入っている姿が印象的だった。
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by kalos1974 | 2004-12-17 01:55 | 旅行

《クリスマス・オラトリオ》

12月14日(火)

20時から、ガスタイク。
Ph. Herreweghe の指揮で、 Collegium Vocale Gent の演奏

《カンタータⅠ》の4番、アルトのアリアは、おもわず涙ぐむほどツボにはまった演奏だった。だが、ミュンヘンの好みと離れていたのか、ホールが大きすぎたのか、聴衆の反応はいまひとつ。

たしかに、おもっていたほど清澄ではないし、いまの時代、あれくらいレヴェルの演奏はめずらしくはない。テンポをゆったりとりすぎて、弛緩してしまった箇所もあった。

しかし、手づくりのあたたかさというか、バッハの音楽を慈しんでいることがよくわかる演奏だった。「信仰とはこういうものかもしれない」と感じた。微笑ましかったのは、前半終了後、しばらく拍手がなかったので、まごついたヘレヴェッヘが、一礼して、ひきあげかえたときの様子。拍手がはじまって、あわてて引き返した。なんだか、高校の音楽の先生が、急に檜舞台にあがって困っているようだった。
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by kalos1974 | 2004-12-14 23:06 | 演奏会

演習での発表

12月13日(月)

演習での発表 Referat がおわった。

おおむね好評だったが、ひとりの学生(日本でいうと、博士後期課程の院生)が「あなたの主旨はテクストを逸脱しているのではないか?」と噛みついてきた。

私としては、素直にテクストを解釈したつもりだったので、意外。ちょっとしたやりとりのあと、「これはいかん」とおもったのか、先生が会話に入ってきたけど、埒が明かないというか、途中から、ふたりの会話についていけなくなった。

「バイエルン訛の早口が分かるかあ~」

と叫びたかったが、そうもいかない。学生も、先生も熱くなっていて、とても口をはさめる様子ではない。「私の発表なんだけどなあ・・・」と思いながら傍観することしばし。とりあえず意見の一致をみたらしい。

しかし、落としどころが分からない・・・。

その場で、「で、なにを話してたの?」と訊くのも間抜けすぎるので、演習終了後、それとなく先生に尋ねたら、「あなたの発表と、質問者は、議論の枠がちがっていた」と教えてくれた。

でも、そんなことなら分かっている。私が知りたいのは、「なぜふたりが熱くなったか」なのだ。で、いろいろ訊いていくと、どうやら、質問者の口から、先生の嫌いな名前が出たのがまずかったらしい・・・。
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by kalos1974 | 2004-12-13 22:30 | 日記

ポリーニのベートーヴェン・・・

12月9日(木)

20時から、ヘラクレスザール Herkulessaal で、ポリーニ M. Pollini のリサイタル。

曲目は、
Klaviersonate op. 10
Klaviersonate op. 13 "Pathetique"
Grosse Sonate fuer das Hammerklavier op. 106

プログラムには、カルロス・クライバー Carlos Kleiber 追悼と載っていた。クライバーは、1968年1月13日に《薔薇の騎士》でデビューして以来、ミュンヘンが気に入り、260を超えるオペラや、アカデミー・コンサートを指揮した。私は来日公演を聴いて以来、この指揮者のファンだったりする。

この日の演奏、人によっては、名演というかもしれない。しかし、私には、つまらなかった。テクニックは、もちろん、問題なし。超絶的に巧い。でも、なぜか、ベートーヴェンの世界が見えてこない・・・。無機的とか有機的とかいった言葉は曖昧なので、つかいたくないが、ひとことでいえば、無機的な演奏。

おもっていたより繊細ではある。しかし、内省的な演奏をする割りに、テクニックを誇示してみたりして、どうもちぐはぐ・・・。《悲愴ソナタ》と《ハンマークラヴィーア》の後半は、演奏者も聴衆も曲に没入している感じがしたけど、あとは、演奏だけが別世界にあるような不思議な印象。ポリーニには、ウィーン古典派よりも、現代音楽のほうが適しているかもしれない。
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by kalos1974 | 2004-12-09 20:25 | 演奏会