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人がいっぱい

3月30日(水)

ミュンヘンの有名美術館の共通パスを買いに、ピナコテーク・デア・モデルネへ。1年間有効で40ユーロなり。さっそく見学したかったのだけれど、知人との待ち合わせまで時間がなかったので、断念。

マリーエンプラッツで、バイエルン放送交響楽団とミュンヘン・フィルの定期演奏会のチケット《魔笛》のチケットを購入し、知人とともに、ヴィクトゥアーリエン市場へ。いろんなお店をのぞいたが、結局なにも買わなかった。連休がおわり、今日からお店が営業しているからだろう、市場は大勢の買い物客でごった返していた。
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ここ数日のミュンヘンはほんとうに暖かい。大勢の人が外にくりだしている。5ヵ月にわたる冬がおわり、ようやく太陽を享受できる季節が訪れたのだ。
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by kalos1974 | 2005-03-30 05:24 | 日記

ミュンヘン南郊へ

3月26日(土)

4年前に LMU (Ludwig-Maximilians-Universitaet Muenchen、ミュンヘン大学)に留学されていた某氏が、ミュンヘンに滞在されている。LMU の何樫ご夫婦が、某氏と私たち夫婦をシュタルンベルガーゼー Starnbergersee へさそってくれてた。妻は、残念ながら、友だちと、ガルミッシュ=パルテンキルヘンにいく予定があるので、4人で、ブーフハイム美術館 Buchheim Museum へ。ルートヴィッヒ2世が入水した?場所の対岸にあたる。今回は、2002年の3月に訪れて以来2度目の訪問。
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ここは主に表現主義の絵画のおさめられた美術館。実は、表現主義の絵画はあまり好きではないのだが、割と素直に観賞することができた。強烈な色彩のもつ力、その色彩から放出される、自然の根源的な力に魅了された。キルヒナーやノルデといった有名な画家たちにくわえ、マクス・ベックマンの油彩画が気に入った。絵の具の置き方が、どことなく、ニコラ・ド・スタールに似ていたからかもしれない。

美術館のカフェで小休止した(ごちそうさまでした)あと、アンデックス Andechs の教会へ。外から見るとごくありふれたバイエルンの教会堂なのだが、内部は壮麗なロココ様式でおどろいた。
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ひとまわりしてから、ここの修道院でつくっていたというビールを飲んだ。「コクがあるのにキレがある」というやつで、満足。

明日から夏時間。日本との時差は7時間になります。
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by kalos1974 | 2005-03-26 21:30 | 日記

《マタイ受難曲》

3月24日(木)と25日(金)の二日つづけて《マタイ受難曲》の演奏会にいってしまった。

24日は、18時から、コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラの演奏。会場はガスタイク。
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ひとことでいうと、《マタイ》のお手本のような上品な演奏。以前CDを聴いて、コープマンは凡庸だと思っていたが、間違いだった。随所にこまかな仕掛けのある演奏。なかでも、ピアニッシモの緊張感はものすごい。合唱団も巧者ぞろい。各パートが、この曲にふさわしい声質でそろえられ、力の入れ方、抜き方がとてもうまい。各コラールは文句なしにすばらしかった。
だがしかし、なぜかやや感動に欠ける演奏でもあった。後半のいくつかのアリアは、「涙なくしては聴けない」はずなのだけれど、作品世界に没入することができなかった。おそらく、各人の巧みさが前面に出すぎたのだと思う。演奏ってほんとに難しい。下手だと聴いていられないし、上手であっても、演奏者の意図が目立つと、感動できないんだから。

25日は、14時30分から、シュライヤー指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団の演奏。会場はおなじくガスタイク。
こちらは、よくいうと、ダイナミックで、泣かせどころを弁えたもの。悪くいうと、力技で盛り上げる演奏。当然、粗が目立つ。
舞台の左右にオケと合唱を置き、中央にソリストと福音史家兼指揮者(シュライヤーはすべて暗譜)という配置ははじめて見た。面白いのだけれど、その効果が現れていたかというと、すこし疑問。演奏者からシュライヤーの指揮が見づらいせいで、縦の線の合わないことが多々あった。やはり、指揮者と福音史家の兼業にはすこし無理があるだろう。

ふたつの演奏、実に対照的だった。以下、列挙してみると、
1.コープマンは、古楽器をつかった小編成、シュライヤーは従来型大編成の楽団。
2.コープマンが素材そのものの味を大事にする懐石ふうとすれば、シュライヤーはこってりしたソースのかけられたフランス料理のよう。
3.コープマンが普遍的な美を追究しているのに対し、シュライヤーの演奏はミュンヘン市民という個別的な対象をもっていた。
4.藝術を形式と素材に分けることがゆるされるならば、コープマンの演奏は、形式の美しさをめざし、シュライヤーは素材(福音)の伝承をめざしていた。
こんな感じだろうか。

今日はKarfreitag(聖金曜日)。そろそろ《マタイ》の演奏シーズンもおわる。
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by kalos1974 | 2005-03-25 00:40 | 演奏会

オランダ 3 (2005年3月17日~20日)

3月19日(土)

8時起床。朝食も食べずに、国立博物館 Rijksmuseum へ。はやめにいったにもかかわらず、博物館のまえには、長蛇の列ができていた。30分ほど待って入場。
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お目当ては、もちろん、フェルメールとレンブラント。ここには、《牛乳をそそぐ女》(どうでもいいけど、この絵に描かれているパンって、おいしそうだと思いません?)、《小路》、それに《夜警》といった、いわゆる名画がたくさん収蔵されている。

本物の存在感のすごいこと。すべてが輝いている。「輝き Schein 」という言葉は、「美しい schoen 」という言葉につながっているそうだが、さもありなん。絵の具という「素材」の輝き、描かれている「対象」の輝き。そのふたつが、未分化のまま、ひとつの「世界」を開く。藝術こそが、われわれに世界がどうあるのか、見せてくれるのかもしれない。

とくに感銘を受けたのは、レンブラントの《エルサレムの破壊を悲しむエレミア》と《ユダヤの花嫁》。かなりいい加減に書くと、この二作品は、ヨーロッパ精神というものを、具現していると思う。悲嘆、思慮、気高さ、そういったものが、ヨーロッパでどう捉えられてきたか、直感的に理解できた気がする。

唯一残念だったのは、たのしみにしていた《聖パウロに扮した自画像》がなかったこと。たぶん、どこかに貸し出されていたのだろう。

博物館ちかくのイタリア料理店で、スパゲッティー(私はカルボナーラ、妻はボロネーゼ。両方とも、びっくりするくらいおいしかった)を食べてから、とにかくレンブラントに感心したので、レンブラントの家へ。
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画家が暮らし、制作した空間に身をおくと、不思議な感じがした。「ここで、レンブラントは、栄光と絶望を経験したんだなあ」とか、「ここに、サスキアやティトゥス、それにヘンドリッケェもいたのか」とかいった感慨。

17時ごろホテルへ。夕食に出かけるのも面倒だし、1階のカフェでビーフカレー。こういうメニューは、日系ホテルならでは。
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by kalos1974 | 2005-03-19 09:45 | 旅行

オランダ 2 (2005年3月17日~20日)

3月18日(金)

昨夜ワインを飲んだせいか寝坊。ほんとうは、午前中に、ロッテルダムの美術館か、デルフトの町を見るつもりだったのに、起きたら11時まえ。いそいでシャワーをあびて、アムステルダムへ向かう。

中央駅到着後、トラムで Cornelis Troostplein へ。徒歩2分で、ホテルオークラ。実は、知り合いがこのホテルで働いているので、今日と明日は、ここに泊まらざるをえない。まあ、格安なので、よしとしよう。館内の雰囲気は、虎ノ門や神戸に似ている。ひさしぶりに日系ホテルに泊まってほっとした。やはり日本人なんだなあと思う。
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午後、知人と近況を語り合ってから、トラムで、コンセルトヘボウへ。19時から、ヘレヴェッヘ Ph. Herreweghe の指揮で《マタイ受難曲》の演奏。
ソリストは、
Ch. Pregardien(evangelist)
K. Jarnot(Christus)
C. Sampson(sopraan)
S. Connolly(alt)
S. Davislim(tenor)
Th. Bauer(bas)
J. Draijer(bas)
K. J. de Koning(bas)
といった顔ぶれ(う~ん、知らないかも・・・)。

この日の演奏は、生で聴いた《マタイ》のなかで、もっとも感動したもののひとつだった。
なにより、コンセルトヘボウ管弦楽団のビロードの手ざわりを思わせる響きがすばらしい。厚みがあるかと思えば、すべてが透き通ったり。自由自在で、もう、見事としかいいようがない。ソリストも合唱も、まさにこの人、この合唱団でなければならないような必然性をもって迫ってきた。
当夜のヘレヴェッヘは、妙に美しすぎる演奏を目指していなかったのだろう、曲全体が生々しいドラマとして聴こえてきた。そのせいか、あの長い曲があっという間に終わってしまった。
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by kalos1974 | 2005-03-18 06:25 | 旅行

オランダ 1 (2005年3月17日~20日)

3月17日(木)

ミュンヘン発11時のルフトハンザ4692便でアムステルダムへ。空港の地下にあるスキポール駅で、ちょうど入ってきたロッテルダム方面行きの列車に乗り込んだ。途中で気づいたのだが、この列車、タリスだった。ということは、手もちの切符では乗車できない。検札の来ないことをひたすら祈る。祈りが通じたのか、30分ほどで、無事ロッテルダム到着。

駅前のホテル(The Westin Rotterdam)に荷物をあずけ、デン・ハーグへ向かう。ホームにあがると、ちょうど、ハーグ中央駅行きの列車が入ってきた。めずらしく運がいい。途中デルフトに停車。よほど降りようかと思ったけど、時間がないので断念。15分ほどでハーグ中央駅に到着。お目当ては、もちろん、マウリッツハイス美術館。
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念願の《デルフトの眺望》のまえにたたずむ。近寄って、細部を仔細に観察したり、部屋の真ん中にある椅子に腰かけて、ボーっと全体をながめたり・・・。それにしても、なんという存在感だろう。色彩が活きている。絵のすべての要素が、自らを主張しているのに、全体を統一するのは、静寂さ。動と静の見事な一体化。言葉をうしなって、ただ、ただ、見入るのみ。30分もすると、さすがにつかれたので、ふりむくと、うしろには《真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)》。くちびると真珠のつややかさに圧倒された。この作品も時間を超越している。まいりました・・・。

マウリッツハイスは、フェルメールのほかにも、レンブラントの《テュルプ博士の解剖学講義》なども収蔵している。おそるべし。

ボーっとした頭で、美術館を出て、ハーグHS駅まで、1時間ほどかけてもどる。デン・ハーグの街は、予想していた以上に大きく、賑わっていた。ミュンヘンにくらべて、外国人(アジア人、黒人)が多い感じ。

ロッテルダムにもどり、ホテルで紹介してもらった"Foody's"というレストランへ。お任せ料理のお店。3皿コースで、グラスのワインもたのんで、ひとり30ユーロほど。
海老の殻をくだいて煮詰めたスープが、思わず微笑んでしまう味。旨味が凝縮して、癖になりそう。「これだけ、1リットルくれ!」といったら、妻が冷静にひとこと。「太るよ」。
魚料理も実に見事。クリーム・ソースが白身にとてもよくあっていたし、焦がした皮の香ばしいこと、そして皮の裏側の身のすばらしいこと(ヨーロッパ人は魚の皮の旨さを知らないと思っていたが、ウィーンでもカリッとした皮を堪能したし、単なる思い込みだったようだ)。

すっかりいい気分になり、街角の「コーヒー・ショップ」でマリファナでも吸ってみようかと思ったが、やはり、怖いし、吐いたりしたら嫌なので、おとなしく、ホテルにもどった。
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by kalos1974 | 2005-03-17 06:21 | 旅行

某先生と再会

3月4日(金)

先日から、日本の何樫大学の某先生が、ミュンヘンに滞在されている。ミュンヘン大学の H 先生もまじえてなんどかお会いしたが、今日は、私たち夫婦を、食事にまねいてくださった。
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by kalos1974 | 2005-03-04 23:04 | 日記