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《ルル》

7月29日(金)

18時30分から、《ルル》。

後学のために出かけていったが、やはり、よくわからなかった。私の耳は、R. シュトラウスあたりまではなんとか受け入れてくれるのだけれど、無調音楽とか十二音技法とかになるともうだめ。お手あげ。

アルバン・ベルクは、いまや立派な古典だとおもうが、ヨーロッパにも私のような人が多いのだろうか。客席は8割ほどの入り。しかも、休憩ごとに聴衆が減っていき、第三幕のはじまるまえには、空席がとても目立つ状況となってしまった。

おもな配役は、
Lulu ・・・・・ M. De Arellano
Der Maler / 2. Freier ・・・・・ W. Hartmann
Der Medizinalrat / 1. Freier A. Kuhn
Gräfin Geschwitz ・・・・・ K. Karnéus
Dr. Schön / Jack the Ripper ・・・・・ T. Fox
Alwa ・・・・・ J. Daszak
Schigolch ・・・・・ F. Mazura
Der Prinz / Der Kammerdiener / Der Marquis ・・・・・ K. Roberson
で、指揮は、 M. Boder 、演出は、 D. Alden 。

最後まで馴染めなかったが、それでも、部分的には、引き込まれる箇所がなかったわけでもない。訓練すれば、よさがわかるようになるのかな(苦笑。
歌手は、男声陣を中心に充実していた。でも、先日の《ファウスト》や《ロメオとジュリエット》ほどではなかったような気がする。ただ、こうおもうのも、音楽についていけなかったからかもしれない。
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第一幕終了後、ものすごい雨。しばらく降り続きそうな気配だったが、第二幕後の休憩のときにはあがっていたので、ホーフブロイハウスの近くにあるお店まで、アイスを買いにいくことができた。雨のお蔭で、日中35度あった気温が、帰宅時には20度を下回っていた。天気予報を見ると、明日からまたすごしやすくなるようだ。
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by kalos1974 | 2005-07-30 08:18 | オペラ

愚痴です

7月29日(金)

午前中、知人を空港までおくったかえりに、マリーエン広場に寄ったら、とにかく暑い。34度。
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本屋と文房具屋、それにヴィクトゥアーリエン市場をひやかすつもりだったけど、断念。早々に帰宅。気温は高いが、湿度は低いので、自宅の北向きの部屋にいると、けっこう涼しい。冷房なしで平気。

以下、愚痴です・・・。

昨夜は、日本人留学生と夕食。私はこのふたりが嫌い。考えかたが消極的で、話を聞いていると、だんだん苛苛してくる。見た目からして、姿勢がわるくて見っともない。昨日は、お店の人に、注文を訊かれても、ニヤニヤしているだけで、気味がわるかった。

ふたりの問題は、まず、言葉。交換留学生だからか、碌にドイツ語ができない。講義を聴いても、訳がわからないらしい・・・。だったら、まず、語学学校の集中コースに通って、しっかり勉強するべきなのだが、週に2回ほど、短時間の授業をとって、お茶を濁しているだけ・・・。

言葉ができないので、コミュニケーションに自信がもてない。小声でなにかボソッというだけ。しかも、相手の顔を見ないで・・・。ヨーロッパの人は、こういう手合いに対してとても冷たい。はっきりいうと、教育のない人か、下層階級の人だとおもわれる・・・。なので、ふたりは、まともなサーヴィスを受けたことがないらしい。

しかも、いつも、ふたりでいる。当然、話題は、ドイツや大学の悪口ばかり・・・。たしかに、こちらには、日本とくらべて不便なことがいろいろある。でも、大学生なら、「なぜそういうシステムなのか」、まず考えるべきではないか。けれど、ただ、愚痴をいいあっているだけ。知的好奇心がなさすぎる。

そのうえ、ドイツ文化に興味をもっているわけでもないらしい。独文科の学生なのに・・・。美術館はつかれる。音楽会は高い。名所めぐりをしようにも、歴史を知らないから、こういうものがあると聞いても、関心がもてない。食べ物にしても、「まずい! 」を連発。でも、話を聞くと、学食と屋台、それに観光客相手のお店しか利用したことがないらしい・・・。

日本人留学生で、がんばっている人はたくさんいる。5年くらいかけて、こちらで博士号をとろうとしている人もいるし、奨学金が切れたので、働きながら、勉強している人もいる。なので、余計、昨日会ったふたりが腹立たしい。あんなのにかぎって、日本にかえってから、「ドイツに留学してた」と威張るんじゃないか、とおもったりして(笑。ふたりとも名の通った大学の出身なのに、目的がなさすぎる。まったく、最近の若者は・・・。

そんなわけで、昨夜は、たのまれていたことだけ伝えて、食事もそこそこに、さっさとかえってきた。あれ以上一緒にいたら、きっと、爆発しただろうから・・・。冷たく接したので、ふたりは、私の悪口でもりあがったかもしれないが、知ったことではない。
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by kalos1974 | 2005-07-29 21:48 | 日記

嫌米感情

7月28日(木)

午前中、大学の知人と雑談。「来月帰国する」といったら、「遊びにおいで」といわれて。
数日前にもらったメールを確認すると、「9時から10時まで、あなたのために時間を空けておきます」と書いてあって、いかにもドイツ人らしい。

帰宅後、ブログの巡回。某所の具合がまたわるくなっているようだ。利用者がふえると不具合なことが起きるみたい。そして、他所に移る人が出てくると回復する・・・。管理者はなにもしてないってことじゃん。

昼食後、床屋さんへ。「今日も暑いですね」というと、またアメリカの悪口が(笑。
ここ数年、ヨーロッパ大陸では、アメリカを嫌う人が目立ってきた。 "9.11" を、ブッシュの中東政策の「当然の結果」と見る人も多い。「ブッシュが大統領にならなければ、テロリストがのさばったりしなかった」、と。実は、イラク戦争がはじまったとき、ドイツにいたのだけれど、ものすごい反対運動だった・・・。アメリカのひとりよがりに対する反感は、日本にいるとよくわからないが、とても根強い。ブッシュや小泉のいう「国際社会」という言葉を聞いて、なんど失笑したことか・・・。

「ミュンヘンの理髪師」さんと、ロンドンのテロ事件の話をしていたら、「しかし、イラクでは、毎日、おなじくらいの数の人たちが死んでいるんですよ」といわれた。まったく同感。

私は、ブッシュの政策には、絶対に賛成できないので、ささやかながら、アメリカ製品不買運動をしている。といっても、もともとアメリカの品物に興味がないから、コーラを買わないくらいなのだが(笑。

今日はこれから日本人留学生と会う予定。ほんとうは会いたくないが・・・。

昨夜、なんとかいう競技場がライトアップされていた。サッカーの試合でもあったのだろうか。
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by kalos1974 | 2005-07-28 23:50 | 日記

《ファウスト》

7月27日(水)

19時から、グノーの《ファウスト》。

おもな配役は、
Faust ・・・・・ R. Villazón
Mephistooheres ・・・・・ P. Burschladze
Margarete ・・・・・ A. Arteta
Valentin ・・・・・ M. Gantner
Siébel ・・・・・ D. Sindram
で、指揮は、 Fr. Haider 、演出は、 D. Pountney 。

今日は、とても歌手にめぐまれた公演だった。うえに挙げた5人、みな、申し分なし。風格のある悪魔、一徹な軍人、人のよい若者。それぞれが、役柄にあった歌唱を披露していた。とりわけ、 Arteta は、愛らしく、清らか。もうすこしだけ声に透明さがあれば、なにもいうことはない。でも、繊細な弱音がよく聴こえてくるし、大きな声も絶叫にならない。「トゥーレの王」について歌うあたりから、輝きもましてきた。Villazón は、前半、声が伸びてこない箇所もあったけれど、第三幕からは、艶のある声で、若々しいファウスト。いちばんたくさん拍手をもらっていた。このふたりの二重唱、ほんとうに、とろけるように素晴らしかった。

ゲーテの『ファウスト』は、だれもが名作という世界文学の金字塔。しかし、白状すると、このお話のよさが、いまひとつわからない。もちろん言葉の問題もあるけど、飽くなき前進とか自我の追究とかいったテーマについていけない。今日も、ファウストが「彼女の子どもをなくしたかわいそうなマルガレーテ」というのにすこし腹が立った。「私たちの子ども」というべきではないのかと・・・。

休憩のあと、第三幕のはじまるまえに、指揮者に対して、「ブー! 」が飛んだ。それに対して「ブラボー! 」のかけ声も。両者入り乱れたせいで、はじまりかけた演奏が中断。こういうシーンにはじめて接した。
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ひとつわからなかったのは、演出。なぜ、音楽を中断してまで、人形劇を挿入する必要があったのだろう。線路をつかったセットも秀逸とはいえないにしても、人形劇のようにオペラの邪魔をするものではなかった。カーテンコールでも、人形つかいたちに、さかんな「ブー」が飛んでいた。気の毒ではあるけど、やはり、蛇足だったのではないか。
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by kalos1974 | 2005-07-28 08:41 | オペラ

チェリビダッケ語録 2

7月27日(水)

毒舌を見ていくのは痛快で面白い。しかし、毒舌だけだと、一種の歯切れのよさは味わえても、大切ななにかが欠けてしまうような気がする。そこで、チェリビダッケがみとめている演奏家も紹介しておきたい。

まずは、ハスキル。

「Eine wundervolle Konzertspielerin, geistvoll, charmant, durch und durch musikalisch. Viel Humor, viel Lebensfreude(S. 61) すばらしいコンサート・ピアニスト。機知に富み、魅力的で、徹頭徹尾、音楽的。ユーモアと生きる歓びに充ちている」

チェリビダッケがここで用いている語は、「機知」。文字通り訳すと、精神 Geist が voll いっぱいなこと。それに、ユーモアと生の歓び。

リパッティーのことも手放しに賞賛している。

「Ein großartiger Klavierspieler und ein wunderbar tiefgründiger Musiker(S. 61) 立派なピアニストで、すばらしく深遠な音楽家」

びっくりするくらい、ふかいところに tief 、自分の音楽を基礎づけている günden 人、つまり深く根をはった音楽家と見なされている。

オイストラフについてはこんな感じ。

「Ein einmaliger, schlechthin idealer, großartiger Musiker(S. 63) 不世出の、ただただ理想的で、立派な音楽家」

さらに、ミケランジェリやフランク=ペーター・ツィンマーマンに対しても、「天才」といった賛辞がおくられている。

指揮者ではフルトヴェングラー。

「Das Heiligtum meiner Erinnerungen(S. 33) 私の思い出のなかの聖域」

辛口のチェリビダッケをして「聖域」とまでいわしめるなにかがあったらしい。フルトヴェングラーは二キシュから多くを学んだはず。ということは、チェリビダッケの得たものは、ドイツの指揮者がひきついできた「なにか」なのだろうか。

「Außer Furtwängler habe ich von keinem Dirigenten etwas gehalten“(S. 35) フルトヴェングラー以外の誰からもなにか影響をうけたことはない」

「Ich wollte nicht Nachfolger von Furtwängler werden. Keiner kann Nachfolger von Furtwängler sein“(S.33) 私はフルトヴェングラーの後継者になろうとしたことはない。フルトヴェングラーの後継者になれる人なんていない」

深い影響をうけながらも、フルトヴェングラーにはなれないことを自覚していたチェリビダッケ。おそらく、チェリビダッケにかぎらず、20世紀後半に活躍した指揮者はみな、フルトヴェングラーとは別の路線を追究しなければならなかったろう。

チェリビダッケのみとめるのは、いずれも20世紀を代表する人たちである。あえて共通点をさぐると、精神的なものを追究した音楽家ということができるだろうか。「精神的」というのは、実に曖昧な言葉だが、さしあたり、「表面的な美しさに満足するのではなくて、真理にまで達しようすること」と捉えておきたい。そして、そのために、こうした音楽家は、他の演奏家たちよりも、響きを重視したのではないだろうか。このあたり、なんともむずかしいが、繊細な音であれ、深い響きであれ、単なる感覚的な心地よさではなくて、それを突き抜けた響き。そうした音楽を追究した人に、チェリビダッケは敬意を払っているような気がする。

(つづく)
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by kalos1974 | 2005-07-27 19:00 | すこしまじめな考察

商売上手?

7月26日(火)

大学からのかえり、“Zauberflöte“に寄り道。このあいだ、クルト・モルがいると教えてくれたのに(というか、教えてくれたがために)、挨拶もしないで飛び出したお店。一応、お礼をいっておこうかと。

で、感謝の気もちをつたえて、でも、それだけで立ち去るのもなんなので、しばし、棚を物色。なにか1枚くらい買ってもいいかみたいな・・・。できれば安いもの。すると、こういうときにかぎって、フルトヴェングラーの演奏した、ザルツブルク音楽祭の実況録音集(ORFEO C409 048 L)というのが目にとまる。没後50周年記念の限定発売。このあいだ、“Taking Sides“という映画を観て、しかも感想まで書いたところ。「たまにはフルトヴェングラーの演奏を聴きたいなあ」とおもっていた。45ユーロは痛手だけど、こういう「限定版」は見つけたときに買っておかないと、ほしいときには見つからないよな、と自分を説得。購入。

そしたら、若主人、ザルツブルク音楽祭の話をはじめて、1964年の公演、《マクベス》のハイライト版をくれた。サヴァリッシュ指揮のウィーン・フィルの演奏で、フィッシャー=ディースカウが歌っている。たぶん、プロモーション用に頒布されたものだろう。でも、気もちがうれしくて、よろこんでうけとった。

「ありがとう」といって、かえろうとしたら、「クルト・モルの《冬の旅》を見つけましたよ」だって。奥から、出してきてくれる。いきがかり上「要らない」ともいえないし、購入。2枚組みなので、35ユーロ。

しかしですね、なぜ、フルトヴェングラーを買うまえにいってくれなかったのだ・・・。知っていれば、《冬の旅》だけ買ったのに・・・。80ユーロ(10,000円)も散財する気はなかったのに・・・。

今日はこういう買い物をしてしまったのですが、もし、私の様子を見て、最後に《冬の旅》を出したとすれば、この若主人、かなりの商売上手ですね。でも、計画的だったとしても、この人、いろんな音楽情報を教えてくれるので、まあ、情報料とおもっておけばいいかな。
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by kalos1974 | 2005-07-27 00:54 | 日記

チェリビダッケ語録

7月25日(月)

„Hugendubel“(書店)で、チェリビダッケの『語録集』を買った。(Hg. von S. Piendl u. Th. Otto; „Stenographische Umarmung - Sergiu Celibidache beim Wort genommen“, ConBrio, 2002 )。
ちょっとした一言に、音楽に対する考えかたが現れていて、とても興味深い。

私は、この指揮者の日本公演にいくことができた。最初に聴いたのは、たしか、東京文化会館。このとき、ミュンヘン・フィルというオーケストラも知った。合計で、3回か4回の実演に接することができたが、いずれも、私の音楽観を根本から揺るがすものだった。

「藝術とはなにか?」と聴かれると、多くの人は、おそらく、「美をもとめる行為」と答えるだろう。古来、藝術と美は密接に結びついている。だが、チェリビダッケにとって、藝術は単に美しさに奉仕するものではない。もし、藝術が美だけを追究するなら、「美しければなんでもよい」ということにもなりかねない。極端なことをいえば、「嘘で固めた世界であっても、美しければかまわない」という人だって出てくる。美しいけれど倫理的には最悪、ということだってありうるのだ。

「Musik ist nicht schön, Musik ist wahr. (S. 20) 音楽は美しいのではない。音楽は真理なのだ」(以下、原文に適当訳をそえる。カッコ内 S. = Seite はページ数)

チェリビダッケの音楽は真理をめざす。単に美しいだけでは不充分。美に甘んじていてはいけない。感覚的に心地よいだけなら、藝術とはいえないのだ。

「Der Klang bringt die Schönheit zur Wahrheit(S. 79) 響きは美を真理へともたらす」

真理という言葉で、チェリビダッケがなにを考えていたのか、いまひとつはっきりしないが、真理は、ふつう、「なにかほんとうのこと」を意味する。真理と嘘は相容れない。さらに、嘘が「実際にはないこと」であるのに対し、真理のほうは、「現実にあること」だろう。つまり、チェリビダッケのめざしていた藝術というのは、「『これこそ現実』といえるなにか」ということになる。

「Ich bin sehr gegen diese Idee, daß Kunst Genuß sei. Kunst ist auch Genuß, sonst würden die Menschen das gar nicht machen. Aber das Wesen der Kunst ist nicht der Genuß. Es ist das Erleben(S. 21) 私は、藝術が享楽であるという考えに断固反対する。たしかに藝術は享楽でもある。そうでなければ、人間は藝術活動などしないだろう。しかし、藝術の本質は享楽ではない。藝術の本質は体験することである」

これ以外にはありえないなにかを「体験すること」。いいかえると、真理にふれること、人生や世界、あるいは宇宙の真相を垣間見ること、これこそが、藝術なのだ。私は、チェリビダッケの演奏に接したとき、ある種、宗教的な催しに参加したような錯覚を覚えたが、あの経験は、こうした考えと無縁ではあるまい。

そんなチェリビダッケが他の音楽家を観る目はきびしい。

たとえば、カラヤンについてはこう。

「Ich weiß, er begeistert die Massen. Coca Cola auch(S. 40) かれが大衆を興奮させることは知っている。コカ・コーラのように」

そういわれてみると、カラヤンの音楽はたしかにコカ・コーラに似ている。レガートを多用し、オーケストラの心地よい響きで、多くの人に歓迎された。まるで喉ごしのよいコーラのよう。クラシック音楽をひとつの産業としたのもかれ。世界企業となったコカ・コーラと、カラヤン・ブランドは似ている。カラヤンがクラシック音楽の大衆化にはたした功績はみとめられなければならない。だが、その音楽に、はたして真理を開示する力があったかどうか・・・。「響きの流麗さ、かっこよさ以上のなにかがあるのか? 」と、チェリビダッケはいっている。

マゼールについてはこう。

「Ein zweijähriges Kind, das von Kant redet.(S.42) カントについて語る二歳児」

難しいことを器用にこなすが、まだまだ子どもだといいたいのだろうか。わかるようでわからない。でも、マゼールの本質をいいあてているような気がする。

おなじ時期にミュンヘンで人気を二分したクライバーに対しても手厳しい。

「Er ist für mich ein unmöglicher Dirigent. Kein Mensch kann bei seinem wahnsinnigen Tempo etwas erfahren. Kleiber geht vorbei am heiligen Klang. Das finde ich tragisch. Er hat niemals erfahren, was Musik sei(S. 41) クライバーは私にとってはとんでもない指揮者だ。あんな常軌を逸したテンポでなにかを経験できる人なんていない。クライバーは聖なる響きのかたわらを通りすぎている。これは悲劇だ。かれは、音楽がなんであるか、経験したことがない」

毒舌だが、これもまたクライバーの性格にせまっている。というか、私には、クライバー評よりも、チェリビダッケにとって、「響き」がいかに重要なものだったかがわかって、興味深かった。音楽をどのように響かせるかということこそが、この指揮者にとっては、いちばん大事だったのだ。

(つづく)
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by kalos1974 | 2005-07-26 02:37 | すこしまじめな考察

収穫

7月24日(日)

夕方、妻が散歩にいこうという。曇っているが、雨の降る気配はない。気温は22度。以前イチゴ狩りにいったあたりをめざす。往復5キロの道のり。

うちから2キロも歩くと、だんだん牧歌的な雰囲気になってくる。写真は、ボーゲンハウゼン Bogenhausen 地区から出たあたり(無理やり東京におきかえると、世田谷区から出て、調布市か狛江市に入ったところという感じでしょうか)。
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空港にむかう近郊電車 S-Bahn の線路ちかくに、ゴルフの練習場がある。「打ちっぱなし」というやつかな。ゴルフをしたことはないが、晴れていれば、爽快だろう。画面の外、左のほうで、10人くらいのお客さんが、のんびり、練習していた。
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40分ほどで到着。イチゴ狩りはおわっていたけど、そのとなりが、ブルーベリー狩りの農園になっていた。500グラムで4ユーロ。妻によると、スーパーで買うより、かなり安いとのこと。近所の人だろうか、老人から子どもまで、けっこう賑わっている。
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ブルーベリーがどんなふうに実をつけるのか知らなかった。木に生るんですね(笑。プルプルしていてかわいい。30分たらずで、すこし大きめのタッパーいっぱいの収穫。
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うちにかえってから、ざっと水で洗って、そのまま食べてみた。とても味が濃くて、ジューシー。くどくないので、あとをひく。ヨーグルトにまぜたり、ブルーベリー入りのケーキをつくったりしてもおいしいかもしれない。
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by kalos1974 | 2005-07-25 17:50 | 日記

“TAKING SIDES“ 2

7月23日(土)

映画は、フルトヴェングラーを訴追するよう命令された少佐 Arnold を中心に展開する。この人、音楽についてはなにも知らない。頭にあるのは強制収容所の光景。とにかく、非人道的なことをしたドイツ人が許せない。ナチ政権下で積極的に抵抗運動をしなかった人間はみな犯罪者だとおもっている。フルトヴェングラーが、かつてヒトラーのまえで指揮をしたことがあると聞いて、この指揮者を徹底的に追及しようとこころに決める。

少佐のオフィスに呼びつけられたフルトヴェングラー博士 Dr. Furtwängler 。なぜ自分が「ナチ協力者」の疑いをもたれているのかわからない。危険を顧みず、ナチの藝術政策に反対したではないか。ナチの敬礼をしたこともないし、ユダヤ人を裏切ったこともない。祖国を捨てられなかったことが、それほどの「悪」だというのか。しかし、少佐は容赦しない。廊下で長時間待たされ、くたびれきった藝術家に対し、椅子さえすすめない。そして、「お前のように優遇された指揮者が、ナチの党員でなかったはずがない。さっさと党員番号をいえ」とせまる。

フルトヴェングラーは、あまりにも、藝術家でありすぎた。しかも、教養主義の伝統のなかで育った人。父のアドルフはミュンヘン大学教授で、美術史学・考古学の功労者、母方はブラームスと交際のあった一族。幼いころから、知識階級にふさわしい教育をうけてきた。藝術や学問は政治とは関係なく、それ自体で、かけがえのない世界をつくっていると考えている。頭のなかにあるのは、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームス、ヴァーグナー、ブルックナー、・・・。

少佐は、もちろん、フルトヴェングラーのそうした背景を知らない。ドイツにのこったのだから、ナチにちがいないと信じて疑わない。

少佐の副官、 Wills はドイツで育った人。自分がユダヤ人ということもあって、フルトヴェングラーが、多くのユダヤ人を助けたことに感謝している。しかも、幼いころ、フルトヴェングラーの演奏を聴いたことがあって、あのような藝術家がナチであるはずはないと考える(メニューインが重ねられているのかもしれない)。Wills は、少佐が藝術家に対してあまりに無礼な態度をとることに憤り、ドイツ人秘書の Emmi とともに、フルトヴェングラーに有利な情報をあつめはじめる。そして、ふたりは恋に・・・。

当時の状況をしらべればしらべるほど、フルトヴェングラーに有利な情報しか出てこない。フルトヴェングラーの音楽が、非常時の人々にとって、どれだけなぐさめになったか。それどころか、抵抗運動を支えるものであったか。しかし、少佐は、ヒトラーのまえで指揮した人間を許せない。強制収容所の光景が頭からはなれないのだ。ナチ政権下で苦労したドイツ人がいたことに思いをはせる余裕などない。「ナチの反対者なら亡命したはずだ! 」。単純な正義を押しつける仕方は、現代のアメリカを見ているようでもある。

少佐の追及は、だんだん、本筋からはずれていく。「私生児がいたから亡命しなかったんだろう? 」とか、「若い指揮者にとってかわられるのが嫌だったんだろう? 」とかいった尋問。フルトヴェングラーは激昂するが、次第に、自分が亡命しなかったことの影響を悟りはじめる。「たしかに、私は何人もの人を助けたが、自分がドイツにのこったことによって、数倍もの人を死に追いやったかもしれない・・・」。20世紀という時代、もはや、藝術は政治とは無縁でいられなくなっていた。丸山真男も指摘しているように、この点で、フルトヴェングラーは、誤りを犯したのだった。

フルトヴェングラーの悲劇は、第一に、かれがドイツ音楽の正統な後継者であったこと。この指揮者は、自分はまず作曲家であると考えていた。当時流行していた新しい音楽観から、伝統的な音楽を守ることが、その任務だった。祖国と藝術を切りはなして考えることなど不可能。たとえいま暴力が猛威をふるっているにせよ、永遠ということはない。しかし、藝術は永遠なのだ。たしかに、家族や仲間のこともあった。しかし、それとおなじくらいに、「ドイツの」音楽を守らなければならなかった。そんなフルトヴェングラーにとって、亡命は単なる逃避にすぎなかっただろう。

そして第二に、スターだったこと。ナチに協力した藝術家はたくさんいた。さきにふれたようにカラヤンはナチが政権をとるやいなや入党したし、リヒャルト・シュトラウスは党員ではなかったが、音楽院の総裁(副総裁はフルトヴェングラー)として、積極的にナチの祭典に出席しつづけた・・・。しかし、当時のカラヤンには矢面に立たされるほどの名声はなかったし、リヒャルト・シュトラウスは老人すぎた。スターはとにかく槍玉にあげられる。戦後アメリカで起こった反フルトヴェングラー運動に火をつけたのは、フルトヴェングラーがアメリカにくると自分たちの人気がなくなってしまうとおそれた同業者たちだった・・・。

この映画、藝術と政治という問題に、鋭く切り込んでいる。4人の役者の演技は巧く、緊張感もある。けれども、映画というより、お芝居を観ている感じがした。おもな舞台は少佐のオフィス。あまりあちこち移動しない。音楽家を描いているのに、挿入される音楽はすくなく、ワンパターン。《運命》ばかりだとつらい・・・。フルトヴェングラーがいかに苦労し、人々のために尽力したかといったことも、ただ語られるだけ。感動的な回想シーンをおりまぜれば、効果的だったのだが、そういうこともない。無駄なものを切り落として主題を先鋭化させたともいえるが、映画的な魅力には乏しいともいえなくもない。
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by kalos1974 | 2005-07-24 05:43 | すこしまじめな考察

“Je ne peux pas vivre sans toi.“

7月21日(木)

今日は一日よい天気だった。昼間の気温は23度くらい。湿度も低いから、とてもすごしやすい。日本の夏もこうだと、どんなによいだろう。夜は寒くなるとおもったので、ネクタイをしめてオペラへ。話はずれるが、ネクタイって、こういう気候のところでしめるものであって、高温多湿の日本の夏にしめるものじゃない。ただでさえ暑いのに、ネクタイをしめて、上着まで着るものだから、冷房なしではいられない。馬鹿げた話だ。

で、19時から、グノーの《ロメオとジュリエット》。
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おもな配役は、
Juliette ・・・・・ A.-M. Blasi
Roméo ・・・・・ M. Alvarez
Stéphano ・・・・・ A. Bonitatibus
Gertrude ・・・・・ H. Grötzinger
Laurent ・・・・・ M. Muraro
で、指揮は、 F. Chaslin 、演出は、 A. Homoki 。

いつも同じことばかりで藝がないけど、今日も、すばらしい公演だった。微妙なニュアンスを軽々と表現してしまうオーケストラ、透き通った迫力をもつ合唱団。バイエルン国立歌劇場はこのふたつを兼ね備えているから、よほどのことがないかぎり、ケチをつけられない(あえてつける気もないが)。

いちばん見事だったのは、ロメオ役のアルバレス。とにかく声がよい。甘くて、つややかで、ロメオにぴったり。輝きながら、客席(2. Rang rechts, Reihe 1, Platz 20)までとどいてくる。酔いしれてしまった。今日は、あの歌唱を聴けただけで満足。なのに、そのうえ、ジュリエットの声もロメオに負けない存在感があったし、ステファノのチャーミングな歌も記憶にのこっている。
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このオペラ、誰でも知っているお話。でも、やはり、最後は「ぐっ」ときますね。うしろのおばさん泣いてたし、私も涙ぐんでしまいました。

公演の最初と最後に“Je ne peux pas vivre sans toi 君なしでは生きられない“という文ではじまる手紙が大写しになったのだけども、最初は「けっ!」と鼻で笑ったのに、最後にこれが現われたときには、「うんうん、わかるわかる」とうなずいてしまいました(笑。
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by kalos1974 | 2005-07-22 08:43 | オペラ