ブラームス《ピアノ四重奏曲第1番》、ト短調、作品25

10月15日(土)

ソフィーさんのブログで、「ブラームスって、エロくないですか?」と訊かれて、ひさしぶりに、この曲を聴いてみた。コメントを書いていたとき、頭のなかで鳴っていたのは、弦楽六重奏曲第2番の第2楽章で、自分の印象を確認しようとしたのだけれど、なぜかこの作品に手がのびた。

聴いたのは、アマデウス弦楽四重奏団と、エミール・ギレリスの演奏。昨年だったか、ミュンヘンの「ルートヴィヒ・ベック」で買ったもの。それまでこの CD の存在を知らなかったが、解説には、"Eine kulturpolitische Sensation"とあり、ソ連邦の藝術家と西側のレコード会社との交流が強調されているから、有名な盤なのかもしれない。ちなみに、私が愛聴していたのは、ペライアがピアノを弾いている演奏だった。

大学受験をはさんだ3年間くらい、よく、ブラームスを聴いていた。最初は交響曲、つぎに協奏曲、そして、室内楽曲。私は、モーツァルトの作品をこよなく愛しているけれど、もし、「いちばん好きな作曲家は?」と尋ねられたら、いまでも、「ブラームス!」と答える気がする。作品からうける、近代的な孤独、ほとばしる情熱、おだやかな愛情、自然への憧憬といったイメージが、たまらなく好き。

《ピアノ四重奏曲第1番》は、1861年の11月に初演された。しかし、最初に構想されたのは、1855年。「慎重居士」(Gustav さん)の面目躍如たる念の入れよう。

1855年といえば、シューマンの亡くなる1年前。クララへの同情と献身が、しだいに、愛情に変わっていったころだ。ブラームスは20代前半。この曲には、若き作曲家の切ない思慕と、一種の諦観が感じられる。感情の燃えあがりと集中力に魅了される。後年、ブラームスは、《ピアノ四重奏曲第3番》について、「青い燕尾服と黄色いチョッキを着た男の、最終章の挿絵」と述べているが、ブラームスを『ウェルテル』になぞらえるなら、この作品は「最初の章の挿絵」にふさわしい。

全4楽章のなかでは、最終楽章がいちばん好き。当時はやっていた「ジプシー」風の旋律をたくみにとりいれた情熱的な音楽。さまざまな曲想が交感していく景色は、ややエロティックかもしれない。

そういえば、この音楽、以前コメント欄にも書いたけど、たしか、 Leconte の"Monsieur Hire(仕立て屋の恋?)"という映画で効果的につかわれていた。 Michel Blanc 演じる仕立て屋が、アパートの窓から、思いをよせる女性の部屋をのぞくとき、この曲がかかっていた。たしかに、あこがれの女性を盗み見るような風情もある。だからというわけではないが、大学生のころ、第1校舎まえのベンチで、この作品を聴きながら、いきかう女子学生たちをながめていたことがある。


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# by kalos1974 | 2005-10-16 16:21 | CD・DVD

なんなんだ

10月14日(金)

梅田のタワー・レコードによってから帰宅。ヨハンナ・マルツィの CD が 1,000 円で売られていたので、なんとなく購入。夜更けに聴こうかな。

大学以来の友人から電話。ウィーンにいるらしい。ウィーンだって・・・! 東欧での仕事が予定より早くおわったので、今日は、一日、観光するのだとか。なんか、首をしめてやりたくなったが、用件は、「どっか美術館おしえてくれない?」というもの。

― お前さあ、美術とか好きだったじゃん。
― ああ、まあね(ちょっと偉そう)。で、なにを観たいの?
― そうだなあ、なんでもいいんだけどさあ。ウィーンって、ドイツ語なんだよね。ドイツっぽいのがいいかなあ。
― なんでもいいんかい・・・。だったら、まずは美術史美術館にいきな。んで、それからアルベルティーナで、デューラーでも観たら?
― ふうん、そうする。どうやっていくの?
― どこ泊まってるんだよ?
― ヒルトン。
― 市立公園の近く?
― よくわかんないけど、おおきな公園はあるね。
― じゃあさ、リングっていう大通りがあるから、それをオペラのほうにいくの。まずはオペラ座をめざすんだよ。わかった? それで、オペラを通りすぎてしばらくいくと、左手に立派な建物がふたつある。おなじようなのがね。あいだにマリア・テレジアがすわってる。で、むかって左側が美術史美術館ね。アルベルティーナはオペラの裏だよ。いまつづりいうから、メモしてね。
― おお、サンキュ。お土産買ってかえるよ。

おいおい、数ユーロのお土産をもらいに、東京までいくのか・・・。

さて、電話を切って、しばらくすると、今度は、東京に出張中の妻からかかってきた。

― いま、紀伊國屋にいるんだけど、このへんにおおきな郵便局ない?
― ええとね、西口にあるよ。西口のバスターミナルわかる?
― そんなのあったっけ?
― 松本とかにいくバスが出てるところがあるのね。京王百貨店のむかい。まずは、それをさがして。
― うん。
― で、そのバスターミナルを左手に見て、京王プラザのほうに歩いていくと、右側におおきな郵便局があるから。迷ったら、ちゃんと人に訊くんだよ。
― オーケー。ありがと。

ちゃんといけただろうか? その後、なんの連絡もないが・・・。


ところで、おまいら、私のことを地図だとおもってないか?


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# by kalos1974 | 2005-10-16 16:19 | 日記

ぎちぎち

10月10日(月・体育の日)

10日ぶりに東京へ。行きの飛行機、秋雨前線のなかをすすんだので、景色はあまり楽しめなかったが、千葉県の上空にさしかかると、地上の様子がはっきり見えた。いつものことながら、山という山がゴルフ場となっている姿には慄然とする。バブルのころの乱開発だろうか、それとも、そんなに需要があるのだろうか。ゴルフ場というゴルフ場で、農薬がつかわれているとしたら、とても怖い。

竹芝のホテルから見える東京は、ビルばかり。コンクリートの醜悪な建物がぎっしり。空いた土地がない。わずかな土地も無駄にはできないらしい。もっと公園をつくって、木を植えればいいのに。でも無理だろうな。この国では、効率のわるいこと、お金にならないことは悪なのだ。休日の深夜だというのに、目の前のT芝のビルには明かりがたくさん。なぜそんなに働くのだろう・・・。

羽田空港のラウンジ。ジャズの BGM にくわえてマラソンの実況が大音量で流れる。さらに、大声で話す3人組のおじさんたち。大声で携帯電話に向かっているおばさんもいる。『うるさい日本の私』という本を思い出した。私はあの著者ほどラディカルではないが、気もちはよくわかる。

大阪上空。ほとんど緑がない。大阪城公園くらい? 東京も砂漠だけれど、皇居、赤坂御苑、新宿御苑、明治神宮などがあるだけましだろうか。いや、やはり、どちらもひどい。
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# by kalos1974 | 2005-10-10 20:38 | 日記

リッカルド・ムーティー指揮、スカラ座公演、モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》

10月5日(水)

新学期がはじまると、授業の準備や諸々の雑用におわれて、ゆっくり音楽を聴くこともできない。この間の日曜、ひさしぶりに、 DVD で、オペラを鑑賞した。

モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》は、かつて、いちばん好きなオペラだった。神をおそれず、おのれの意思のみをたよりに生きる近代人ドン・ジョヴァンニ、裏切られながらも、あくまで献身的なドンナ・エルヴィーラ、かわいらしさのうちに上昇志向を秘めたツェルリーナ、そして、主人に愛想を尽かしているのに、主人と決別することのできないレポレロ、といった登場人物の織りなす物語は、単純ではあるけれど、さまざまな解釈が可能で飽きないし、いうまでもなく、モーツァルトの音楽は、なにものにも代えがたい。

今回も、ミュンヘンの「ルートヴィヒ・ベック」で買った DVD で、1987年12月15日に、ミラノのスカラ座でおこなわれた公演を収録したもの。指揮は、リッカルド・ムーティー(帰国直前に、《ドン・ジョヴァンニ》の DVD をふたつ買った。もうひとつは、以前 Martin さんが紹介されていた、ムーティーがウィーンで指揮した公演)。

配役は、
Don Giovanni ・・・・・ Th. Allen
Il Commendatore ・・・・・ S. Koptchhak
Donna Anna ・・・・・ E. Gruberova
Don Ottavio ・・・・・ F. Araiza
Donna Elvira ・・・・・ Ann Murray
Leporello ・・・・・ C. Desderi
Masetto ・・・・・ N. De Carolis
Zerlina ・・・・・ S. Mentzer
で、演出は、G. Strehler 。

この公演、演出がいい。一言でいえば、華麗。日本人がオペラと聞いておもいうかべるであろう舞台が、くりひろげられていく。宮殿やギリシア神殿をおもわせる建物、真っ赤なカーテン、鏡のように磨きあげられた床(バイエルン国立歌劇場の《アリオダンテ》をおもいだした・・・「オペラ」の項目の写真を参照)など、古臭くもなく、過度にモダンでもなく、ツボを心得ている。演出が音楽の邪魔をするということがない。文句というか、残念だったのは、騎士長の石像が動かないことくらいかな。動かないほうが品はあるのだが、私は、動く石像が見たいし、ドン・ジョヴァンニには、ダイナミックに地獄にいってほしいのだ(笑)。

音楽も見事。スカラ座管弦楽団は、中身のつまった響きだし、ムーティーの指揮は、てきぱきしている。歌手陣も文句なし(やはり、バイエルンやウィーンとけっこうダブってますね)。ひとつだけ難をいえば、騎士長の声かな。すこしだけ重みにかけるというか、若々しい生気を感じた。

この公演でいちばんうれしいのは、ツェルリーナがかわいいこと(爆)。本質的な問題ではないが、映像を観る場合は、やはり、役柄に合ったチャーミングさも必要かなとおもったりする。第一幕、ドン・ジョヴァンニとの二重唱は、一幅の絵のようだった。

《ドン・ジョヴァンニ》にかんしては、長らく、フルトヴェングラーの演奏に親しんできた私。あの公演が好きで、ザルツブルク音楽祭のときに、わざわざ、会場となったフェルゼンライトシューレでおこなわれた演奏会にいったりしたくらいだが、アリアによっては、やはり、鈍重と感じるものがある。そうした不満を補うものとして、この DVD はありがたい。
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# by kalos1974 | 2005-10-05 22:44 | CD・DVD

思い出バトン―大学編―

10月2日(日)

ひさしぶりの休日。外は暑い(31度)し、今日はずっと家にいて、ブログを巡回したり、 DVD を見たり(ムーティー指揮スカラ座公演《ドン・ジョヴァンニ》)。

ピアさんからリクエストをいただいたので、大学時代の思い出をすこしだけ。

①大学時代で、一番思い出のある時期と?一番お世話になった先生は?

学部の1~2年生です。授業はつまらなかった(概説や入門なので、「そんなこと知ってる」とおもう講義がおおかった・・・生意気でした)けど、友だちが刺激的でした。「こんな賢い人がいるんだ」とか「どうしてそういう発想がでてくるの」とか、そういった驚きをあたえてくれる人がいました。好奇心旺盛で活動的な友だちにめぐまれたようにおもいます。そんな友だちと、いろいろ語り合ったり、あちこち出かけたりしたのは、かけがえのない経験です。

サークルの先輩の車で、深夜、八ヶ岳や軽井沢までドライヴして、朝7時ごろ帰宅、そのまま1限の講義に出たことが何度もあった。若かった(遠い目)。

いちばん印象深かったのは、非常勤でいらしていた某先生です。哲学の授業だったのですが、その場で哲学が生れ出るような、このうえなくエキサイティングな講義でした。あまりすごいので、友だちと一緒に、先生の本務校である上智大学まで聴きにいったりしたものです。

②得意科目と苦手科目は?

面白かったのは、英語でした。美術史の先生(イギリス人)が、いろんな絵を紹介してくれて、それについて、英語で質疑応答、ディスカッションするというものだったのですが、単なる日常会話ではなかったので、飽きませんでした。
専門課程のゼミも、議論が白熱すると楽しかったかな。

嫌だったのは、法学部の講義。大教室で、講義ノートが読みあげられるだけ。教科書を買って読んだほうが早いとおもい、途中から出なくなったもの多数。

③思い出に残ってる学校行事3つは?

・サークルの合宿・・・清里や蓼科、山中湖や軽井沢で、テニスをしたり、馬に乗ったり、美術館にいったり。かわいい女の子もたくさんいたし(笑)。
・ゼミの合宿・・・たしか4年のとき。朝10時から夜8時まで、軽井沢の某ホテルの会議室で、3日間、ずっとテキストに向かい合っていた。あんなに集中して横文字を読ませられたのははじめて。勉強とはこういうものかとおもった。

④クラスでのキャラは?

極力オーラを消していた気がする。ご隠居だろうか? ←これは小学校以来、いまもおなじですね。

吉祥寺のジャズ喫茶に入り浸っていた覚えが・・・。3時間くらい、ジャズを聴きながら本を読んでいました。そのせいか、ジャズを聴くと、「あっ、これ知ってる」という曲がおおいです。ただ、曲名を全然知らない。
あとは、神保町界隈を徘徊したり、下北沢や荻窪、銀座や上野あたりをよく歩いてました。

⑤学生時代の呼び名は?

学生時代(大学時代? 学生と生徒はちがうし・・・)は、某マンガの登場人物名。似ていたらしい。←これは前回の回答を流用。

⑥好きな給食メニューは?

学食は、おいしくなかった。不潔だったし。学食のテーブルって、きちんと拭いているのでしょうか?

⑦ 学生時代の友人はアナタにとってどんな存在?
年賀状のやりとりをするだけの存在がほとんど。なのに、たまに会うと、お互い、話がとまらなくなるのは不思議。恥ずかしいことを知り合った仲だからでしょうか。←小中高時代とおなじです。


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# by kalos1974 | 2005-10-03 11:40 | 日記

思い出バトン

10月1日(土)

『Meine Musik』のlabilaby さんから、「思い出バトン」というのがとどいた。10代のことを、けっこうわすれていて驚いたが、こんな感じ。読み直すと、なんかつまらんね(笑)。

①小中高の中で、一番思い出のある時期と?一番お世話になった先生は?

中学時代かな。優秀な先生方と賢い友達にめぐまれた。しかし、具体的なことはあまり覚えていない。記憶が、入り乱れていたりもする。でも、高校時代、なにかあると、「中学のころはよかったなあ」とおもったので、たぶん、楽しかったのだろう。小説ばかり読んでいた気もするが・・・。

お世話になった、というか、思い出ぶかい先生方は、高校時代に集中している。

たとえば、A先生。むかしの石碑の拓本をとり、どんどん解読していた。成果は高校の雑誌に発表されるくらいで、世にみとめられるということはなかった。京都大学の大学院まで出られているのだから、大学に勤めればいいのにとおもったが、本人にそういう意思はなかったらしい。完全に独自の世界を築いていた。たぶん、旧制高校の先生ふうな人。

O先生も変わっていた。東京大学で数学を学んだ人なのに、ドイツ語の詩を読む会を主宰していて、文学や哲学にも造詣がふかかった。かなり影響を受けたかも。クラシック音楽について、いろいろ教えてくれたりもした。ただ、授業は、最悪(にちかかった)。数学が嫌いになったかも・・・。頭のいい人には、できない生徒の疑問点さえわからなかったらしい。

②得意科目と苦手科目は?

得意:国語、社会、英語。このころは、それなりに英語ができた。しかし、数年まえ、受験生の家庭教師をしたときには、教科書さえ訳せなかった・・・(汗)。

そうそう、中学のときに、家庭科で10をもらったのは、私です。そのせいか、いま、家事のほとんどを私がやっている気がする・・・。

苦手:数学、理科(化学、物理)。わけがわからなかった。よって、二次試験に数学の必要な大学は、敵前逃亡。

③思い出に残ってる学校行事3つは?

・文化祭・・・時間をかけてお化け屋敷をつくった。お面をつけたまま学校の外に出てしまったのは、一生の不覚。

・修学旅行・・・バスガイドさんがきれいだった(爆)。

・某発表・・・学校行事ではないが、所属していたクラブでしらべたことを某所で発表したら、話題を呼んで、新聞に載った。

④クラスでのキャラは?

極力オーラを消していた気がする。ご隠居だろうか?

授業をさぼって喫茶店で本を読んだりしてたし、学校がおわってから、友達とモス・バーガーで何時間も話し込んだり・・・、「5時から男」だったかも。

⑤学生時代の呼び名は?

学生時代(大学時代? 学生と生徒はちがうし・・・)は、某マンガの登場人物名。似ていたらしい。

⑥好きな給食メニューは?

まずかった思い出しかないかも。パンとうどんとか、「おいおい・・・」という組み合わせに辟易。高校の食堂にあった、ラーメンときつねうどん、これは、非常においしかった。

⑦ 学生時代の友人はアナタにとってどんな存在?
年賀状のやりとりをするだけの存在がほとんど。なのに、たまに会うと、お互い、話がとまらなくなるのは不思議。恥ずかしいことを知り合った仲だからでしょうか。

⑧次のバトンを渡す5人は?

これはパスします。すみません。


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# by kalos1974 | 2005-10-03 11:39 | 日記

見苦しい光景

9月26日(月)

先週末は東京へ。初日は実家に泊まったが、つぎの日はおそくまで友達と飲み歩く予定だったし、連日両親と顔をあわせるのも、なんだか鬱陶しい(仲がわるいわけではないです)ので、二日目は新宿の某ホテルに宿泊。

西口から連絡バスに乗ってホテルにつくと、レセプションで40歳くらいのおじさんが声を張りあげている。別に聞きたくないのだけれど、声がおおきいから、どうしても、内容がわかってしまう。

「あんな部屋だったら、格安で泊まったよ」とか、「どうしてもっといい部屋にならないんだ」とか。要するに、正規料金で予約したのに、ふつうの部屋だったのが、お気に召さないらしい。

いまどき正規料金でホテルに泊まる人はすくないだろう。私も、ネット経由の格安料金で予約したし、無料でコーヒーが飲めるというので、そのホテル・グループの会員(会費なし)になっていたりする(笑)。格安料金だからといって、もちろん、ひどい部屋にとおされることはない。運がよければ、うえのランクの部屋を用意してくれることもあるけど、私など、ふつうの部屋で充分快適。

おじさん、自分は「正規料金」で予約したのだから、きっと豪華な部屋、ひょっとしたら、スイートに泊まれるかもしれないと期待していたらしい。

しかし、おじさんの予約は、あくまでスタンダード・タイプの客室であり、料金も、スタンダード・タイプの正規料金なのだ。

もしクラブ・フロアやスイートに泊まりたければ、そういう部屋を予約して、それに見合った代金を払うのが当然だとおもうのだが、おじさん、そうは考えていないらしい。私が聞いた範囲では、ホテル側に落ち度はない。でも、おじさんは、私がチェック・インをおえてエレヴェーターにむかうときも、あいかわらず、わめいていた。

あまりのしつこさに、「ひょっとしたら、愛人でも連れているのか?」と勘繰ってしまった(笑)。もしそうなら、もっとゴージャスなホテルがちかくにあるのだから、そっちにいけばいいのに。でも、ああいう人だから、やっぱり、けちったのだろうか・・・。そもそも、そんなけちに愛人がいるだろうか? ・・・。

おじさんをめぐって、いろんな妄想が、どんどん湧いてくる【=妄想族】。おもわず、飲み会でも、この話をしてしまった。
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# by kalos1974 | 2005-09-26 12:12 | 日記

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、シュターツカペレ・ドレスデン、ベートーヴェン《交響曲第9番》

9月19日(月・祝)

これは帰国直前にシェリング通り Schellingstraße の CD 屋さんで買ったもの。新品なのに、たしか3ユーロほど(約400円)だった。

ブロムシュテットがシュターツカペレ・ドレスデンを指揮した《第九》には、たしか2種類ある。ひとつは全集に入っているもの。中庸を得た演奏で、この楽団の深く輝かしい響きを味わえる。もうひとつは、1985年の、ゼンパーオーパー再建記念演奏会の模様を収録したもの。この演奏は、以前のぞいていた、インターネットの某コミュニティーで絶賛されていたが、「ずっとまえに廃盤になったので入手困難」とも書かれていた。

ミュンヘンを去る数日まえ、大学の某氏に挨拶したかえり、なんどかのぞいた CD 屋さんに入ると、《第九》の CD が平積みにしてあった。いかにも安っぽいデザイン。何気なく裏返すと、

E. Wiens, Soprano
U. Walther, Alt
R. Goldberg, Tenor
K.-H. Stryczek, Bass-Barion

Staatskapelle Dresden
Herbert Blomstedt

2003 Delta Music GmbH, 50226 Frechen(ちなみに、Frechen というのは、ケルン近郊の町)

と書いてある。

おや、ブロムシュテットの《第九》じゃないか。独唱陣は聞いたことないな。まてよ、たしか、全集版では、ペーター・シュライヤーとテオ・アダムが歌っていた。ということは、これこそ、うわさのライヴ盤ではないか? どきどきどき。さっそく、店員に訊いてみたけど、返事は、「さあ Keine Ahnung」。ジャケットにも、上記以外の情報はない。見逃すのも腹立たしいし、「まあ、3ユーロだから」とおもって買ってみた。コンピューターで聴いたところ、最後に拍手も入っているし、おそらく、さがしていた CD だろう。日本にかえってから、きちんとした再生装置で聴こうと、たのしみにしていた。

演奏は、常套句で恐縮だが、音が燃えている。第1楽章冒頭からひきこまれ、異常な緊張感に身じろぎもできず、聴きとおしてしまった。とにかく、演奏者の気迫が、そのまま音になっている。

ゼンパーオーパーの再建記念演奏会という歴史的な場だから、このような演奏が生れたのだろうか。以前紹介したように(旅行記参照)、ドレスデンは、戦争末期、連合軍の爆撃によって、ことごとく破壊されてしまった。劇場再建は、ようやく訪れた復興のシンボルだったろう。この演奏には、東ドイツ市民の思いが反映されているのではないか。そんなことを考えてしまった。

弦の厚み、金管の咆哮、ティンパニの迫力、・・・、圧倒的な迫力で、音楽がすすんでいく。とはいえ、ただ「熱い」だけではない。第3楽章の繊細でやわらかな響きや、第4楽章のバランス感覚を失わないテンポも、特筆されるべきだろう。

うわずったところもあるし、独唱者に難がないではない。しかし、これほど息のぬけない演奏はめずらしい。日本国内で手に入るかどうか知らないが、もし見かけたら、買って損はないとおもう(もし気に入らなくても責任はもちません。たぶん廉価版だし、勘弁してください)。
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# by kalos1974 | 2005-09-20 10:00 | CD・DVD

クライバー指揮、バイエルン国立歌劇場管弦楽団、ブラームス《交響曲第4番》ほか

9月15日(木)

今日はお休みなので、午前中、帰国直前に購入した DVD を鑑賞。

これは、1996年10月21日に、ミュンヘンのヘラクレスザール Herkulessaal der Residenz, München でおこなわれた演奏会を収録したもので、演目は、ベートーヴェン《コリオラン序曲》、モーツァルト《交響曲第33番》、それにブラームスの《交響曲第4番》。

バイエルン国立歌劇場 Bayerische Staatsoper (最近、州立歌劇場という表記も見られるが、バイエルン、とくにミュンヘンの人たちは、国立歌劇場と訳さないと怒るだろう。バイエルンはいまでもひとつの国であって、ベルリン中心のプロイセンやドイツとはちがうのだ・・・笑)のホームページによると 、クライバーは、1968年、《薔薇の騎士》でデビューして以来、この劇場で、260回以上の公演(オペラとアカデミーコンサート)を指揮したらしい。なお、最後の公開演奏会は、1996年の4月に、インゴルシュタットでおこなわれたとある。ということは、 DVD におさめられたコンサートは、非公開だったのかもしれない。


さて、映像を見て、驚いた。

「クライバーも老けたなあ・・・」。

手や首筋が老人になってる。それに、どこかつらそうな顔。1986年の5月、人見記念講堂で感じた若々しさは、かなり失われてしまっている。ときおり、独特の、やんちゃ小僧のような表情を見せるものの、やはり、老けこんでいる。う~ん、人間って、たった10年で、こんなに歳をとるものなのか・・・。1930年生れだから、クライバーは、このとき、66歳。仕方ないといえば仕方ない。

でも、この「老い」が、ブラームスの《交響曲第4番》には、ぴったりだったりする。指揮者をながめながら、「人間だれしも歳をとる。そして、ひとりで死んでいかなければならない」なんてことをおもった。

《交響曲第4番》は1884年に書かれはじめ、1885年の夏に完成された。ブラームスは52歳だった。1883年にはヴァーグナーが亡くなっている。ブラームスは、ヴァーグナーから非難されたが、それでも、ヴァーグナーをずっと尊敬していたという。その死を聞いたとき、「巨匠が亡くなった。今日は歌うものはない」といったという話ものこっている。敬愛するクララ・シューマンも60歳代なかば。そんなことを考えると、この曲には、人間が「老い」、死にゆくことが反映されているのかもしれない。

私自身、これまで、《交響曲第4番》に「老い」の影を見たことはなかった。いつも連想するのは、黄色い木の葉の舞うプラーター。外套の襟を立て、ひとりさまよう男。そんなイメージ。それは、守旧派のレッテルを貼られながらも、伝統的な構造のうちに独自性をもとめた作曲家の孤高かもしれないし、神が死んだ時代を、なにものにも頼ることなく、ひとりで生きていかなければならない近代人の寂寥感かもしれない。

クライバーの演奏には、そんな孤独にくわえて、「老い」の切なさが、にじみ出ている。いかにも体調のわるそうな表情を見ていると、気の毒になってくる。指揮が音楽についていけない箇所さえある。あのクライバーが・・・。「老い」は残酷だ。もちろん、映像を見ているからそうおもうのであって、これが CD なら、そんなことを感じたかどうかはわからない。

クライバーは、ブラームスの《交響曲第4番》を、1980年の3月にウィーン・フィルと演奏している。名盤の誉れたかい CD だけれど、実は、私、それほど気に入っていない。文句のつけにくい演奏ではあるが、きれいにまとまりすぎている。響きも洗練されている。でも、私が、この交響曲に期待する「感情のたかまり」が、すこしだけ、足りない。ブラームスの旋律に耽溺する指揮者にくらべると、まだ満足できるが、フィナーレにむけてもっと疾走してほしかった(その点で、共感できるのは、フルトヴェングラーの演奏だが、 CD で傍観者的に聴くと、少々、やりすぎの感じもする)。孤独に足をすすめる人間の決意を描いてほしかった。

それに対して、この演奏は、ライヴだからだろうか、音楽に推進力がある。型にはまらない自由がある。 CD にはない、一期一会の迫力のようなものを感じる。ウィーン盤とくらべると、練りに練られた演奏とはいえないだろうし、様式美のようなものに欠けるかもしれない。でも、その分、生き生きとしている。

もちろん、実演なので、オーケストラに、こまかなミスや、響きの厚みがいまひとつ足りないと感じる箇所がないわけでもない(そういえば、人見記念講堂でも、あまりの速さに、木管? が音をはずしていた)。しかし、そうはいっても、バイエルン国立歌劇場管弦楽団はミュンヘンのほこる一流オーケストラのひとつ。それに、いわば、クライバーの手兵である。とくに問題は感じないし、このオケの優雅な響きは特筆されてもよい。


この DVD 、やたらクライバーのアップがおおい。なので、クライバー好きの方にはお薦め。指揮棒で音楽を描くような動きや、左手をふりまわす姿も健在。つかれた表情も、会心の笑みも見ることができる。それに、もちろん、オーケストラも映るので、視覚的にボウイングのズレなど確認できて面白い。買ってよかったとおもった DVD である。


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# by kalos1974 | 2005-09-17 14:14 | CD・DVD

選挙の感想

9月12日(月)

ここ数日、六甲、芦屋、宝塚と飲み歩いておりまして、なかなか夜にブログを見れないでいます(笑。

ところで、昨日の選挙結果にかんして、enagaパパさんとふじさんが、コメントを記してくれました。お返事を書きはじめたのですが、長くなりそうなので、記事にします。

私自身は、自民党は240議席くらいかなとおもってましたので、結果(自民296)は意外です。

感じたことを列挙します。

1.日本人からバランス感覚まで失われた。
「勝ち馬に乗る」人がふえたのでしょうか? 他人は他人、自分は自分だとおもうのですけどね。戦前の「バスに乗りおくれるな」というかけ声を連想しました。
与野党が伯仲してこそ、活発な議論がうまれ、国民が政治について関心をもつのに、あれでは、どうしようもありません。与党は「信任をえた」わけですから、今後4年間、あらゆる問題で、数の論理が幅をきかせるでしょう。

2.思考停止
結局、終始、「郵政民営化」に賛成か反対かという話でしたね。このあいだ書いたように、これは実にわかりやすいメッセージです。民主党は、郵政より、もっと国民の琴線にふれるアピールをすべきだったわけです。
ですが、私などは、与党のメッセージにおどらされるほうがバカだとおもいます。というのも、何人かの友達に聴いたんですけど、郵政民営化に賛成といいながら、なぜ賛成なのか、明確にいえないんですから。しかも、民営化されたらどうなるのか、考えてないんですから・・・。友達も、「とにかく変えなければいけない」というだけで、どう変えるべきなのかは考えていなかったです。ある友人は、「岡田代表の演説のほうが理路整然としている」といいながら、「小泉首相の悲願を達成させてやりたい」ともいっていました。私にとっては、首相の悲願よりも、それによって、どれだけの人が、どういう影響をこうむるかのほうが重要なのですが、友人とおなじようにおもった人がおおかったのではないでしょうか。
新聞をきちんと読んでいる人でさえ、こうですから、マニフェストを真剣に比較検討したうえで、自民党に一票を投じた人がどれくらいいたか疑問です。

3.改革を待望
「よくわからないけど、とにかく、世の中を変えてくれ!」とおもっている人がおおいのでしょう。それだけ、政治や社会の仕組みが硬直し、閉塞感がただよっているわけです。景気はわるいし、制度は疲弊しているし、諸外国に友人はいないし・・・。1930年代に似てますね・・・。
私は、小泉首相の政策に、子どもっぽい頑迷さを感じるので、あまり支持できませんけど、しかし、「変える」という意志だけは、素直につたわってきます。そんな首相に、改革者を見た人たちが、飛びついたのでしょう。それだけ、人々が、追い詰められていると感じました。

瑣末な感想はほかにもありますが、まあ、こんなところです。

ちなみに、私は、ひそかに、自民でも民主でもない某党を応援してましたけど、予想どおり、埋没しました(笑。
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# by kalos1974 | 2005-09-12 14:37 | 日記