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《マタイ受難曲》

3月24日(木)と25日(金)の二日つづけて《マタイ受難曲》の演奏会にいってしまった。

24日は、18時から、コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラの演奏。会場はガスタイク。
《マタイ受難曲》_e0021850_042108.jpg
ひとことでいうと、《マタイ》のお手本のような上品な演奏。以前CDを聴いて、コープマンは凡庸だと思っていたが、間違いだった。随所にこまかな仕掛けのある演奏。なかでも、ピアニッシモの緊張感はものすごい。合唱団も巧者ぞろい。各パートが、この曲にふさわしい声質でそろえられ、力の入れ方、抜き方がとてもうまい。各コラールは文句なしにすばらしかった。
だがしかし、なぜかやや感動に欠ける演奏でもあった。後半のいくつかのアリアは、「涙なくしては聴けない」はずなのだけれど、作品世界に没入することができなかった。おそらく、各人の巧みさが前面に出すぎたのだと思う。演奏ってほんとに難しい。下手だと聴いていられないし、上手であっても、演奏者の意図が目立つと、感動できないんだから。

25日は、14時30分から、シュライヤー指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団の演奏。会場はおなじくガスタイク。
こちらは、よくいうと、ダイナミックで、泣かせどころを弁えたもの。悪くいうと、力技で盛り上げる演奏。当然、粗が目立つ。
舞台の左右にオケと合唱を置き、中央にソリストと福音史家兼指揮者(シュライヤーはすべて暗譜)という配置ははじめて見た。面白いのだけれど、その効果が現れていたかというと、すこし疑問。演奏者からシュライヤーの指揮が見づらいせいで、縦の線の合わないことが多々あった。やはり、指揮者と福音史家の兼業にはすこし無理があるだろう。

ふたつの演奏、実に対照的だった。以下、列挙してみると、
1.コープマンは、古楽器をつかった小編成、シュライヤーは従来型大編成の楽団。
2.コープマンが素材そのものの味を大事にする懐石ふうとすれば、シュライヤーはこってりしたソースのかけられたフランス料理のよう。
3.コープマンが普遍的な美を追究しているのに対し、シュライヤーの演奏はミュンヘン市民という個別的な対象をもっていた。
4.藝術を形式と素材に分けることがゆるされるならば、コープマンの演奏は、形式の美しさをめざし、シュライヤーは素材(福音)の伝承をめざしていた。
こんな感じだろうか。

今日はKarfreitag(聖金曜日)。そろそろ《マタイ》の演奏シーズンもおわる。
by kalos1974 | 2005-03-25 00:40 | 演奏会
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