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新5州への旅 4 (2005年4月2日~7日)

4月5日(火)

午前中、昨日うっかりして訪ねなかったバッハ博物館(トーマス教会の向かい)へ。楽譜を見て、あらためて感慨にふける。 CD の聴けるコーナーもあったが、選曲が、私には、いまひとつだった。
売店のおばさんが、5月の音楽祭についていろいろ教えてくれたけど、たぶん、これないだろうなあ。
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朝食がまだだったので、トーマス教会の向かいにあるカフェに入る。バッハ像の見える席が空いていた。ラッキー。妻は、ドナウヴェレというお菓子を食べた。なぜライプツッヒでドナウなんだ?

13時38分発の ICE でドレスデンへ。14時46分着。

ドレスデンの町は、1945年2月の空襲で、徹底的に破壊された。さしたる軍事施設のなかったザクセンの古都は、英米の復讐の対象となったらしい。「エルベ河畔のフィレンツェ」と讃えられた市街は瓦礫の山と化し、4万人ちかい市民が犠牲となった。この空襲は、戦争の残虐さを示すものとして、ドイツでは、原爆投下と同じくらいの重みをもって語られることが多い。

聖母教会 Frauenkirche の前を通ったら、ちょうどガイドツアーのはじまる時刻らしく、50人くらいの人たちが、中に入るところだった。とくに予定があるわけでなし、さっそく列にならんだ。内部を見学させてくれるのかとおもったら、そうではなく、地下のホールにあつめられて、教会の歴史について説明を聴くことになった。
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(以下、そのときとったメモにもとづく。ドイツ語の聴き取りに自信がないので、間違ったことを書く可能性大。ご容赦を)

「聖母教会は、17年の歳月をかけて1743年に完成した。バロック建築の傑作として、ドレスデンの誇りであった。しかし、大空襲の2日後、火災の熱に耐え切れず、ついに焼け落ちてしまった。その後、幾度も再建案が提示されたが、東ドイツ時代は、経済的・政治的理由から、廃墟のまま放置された。ドイツ統一後、国内はもとより、20カ国以上の国々から寄附がよせられ、ようやく再建工事がはじめられた。いまドームの上で輝いている十字架は、かつてこの教会を破壊したイギリス人たちが贈ってくれたものである。ドレスデンの象徴であった聖母教会は、いまや、和解の象徴であり、同時に、国や人種を超えて互いを理解しあおうとする人たちが集い、ともに平和を願う場として再建されようとしている」

説明がおわったあと、寄附をもとめられた。もちろん強制はされなかったが、私は、この手の話に弱いので、おもわず、20ユーロ札を箱に入れてしまった(でも、結局、説明だけで、見学させてもらえなかったし、なんだか見栄を張りすぎたかなあと後悔していたりもする)。
by kalos1974 | 2005-04-05 08:43 | 旅行
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